束縛の社会

日本で「流動性」という言葉が囁やかれるようになって久しいが、依然として第一歩も踏み出せていない状況だと思う。雇用の流動化だけを見ても、それを阻害する要因が多く、解決策を導き出しにくい。


今回は僕が経験した範囲での日本特有の束縛の要因を三つ挙げていきたい。新卒至上主義や中途採用枠の不足、そして終身雇用型の雇用の弊害は多くの場で書かれているので、今回は省略する。


1)まず第一に思い浮かぶのが不動産だ。雇用の流動化とは言ってみれば転職だ。東京圏に勤めているなら転職は引越しを伴わないかもしれないが、日本の産業の多くは関東以外に本拠を構える。しかし、日本の住宅の現状は引越しを考える人に優しくない。


賃貸の敷金・礼金の制度は引越し費用を肥大させ、人の移動を阻む。一戸建てを購入したとなると状況は更に悪化する。欧米では個人住宅の価値は年月とともに上昇するが、日本ではなぜか逆の現象が起こる(この理由は僕には定かではないので、教えていただけるとありがたいです。)30代で一軒家を購入した家庭はいよいよ引っ越すことが難しくなる。30年ローンを組んで購入した家を早くに売ると、借金だけ残る形になる場合多い。個人が家に束縛される形になるわけである。


2)さて、転職するためには自分を「商品」として会社に売り込む必要がある。要するに、自分のプロとしての価値を買ってもらうわけだ。しかし、ここでも妨害が入る。社内の配置転換だ。


5年間ある部署にいた人間が突如何の関係もない部署・職種に割り当てられるケースだ。例えば22歳で入社した人間が27歳で配置転換になるとしよう。彼は今まで企画にいたが、今度から営業に配属になる。もちろんスキルは一から学びなおしだ。と、なると、30歳過ぎになっても彼は非常に中途半端な人材になる。汎用性はあるが、特出した武器が見つけにくい人材に形を整えられていく。終身雇用型の人事制度の柔軟性の無さに対応するために人材の穴埋めをしやすくするために造られたシステムが、同時に彼を人材市場で魅力のない商品へと仕立てしまう。


今回は事務職を例に出したが、技術職でも同じことが当てはまる。


3)最後に挙げる要因は日本企業の報酬制度だ。日本企業の報酬制度は大雑把に言ってしまうと、(1)長く勤めるほど給料が上がる、(2)長く勤めるほど企業年金が増える、(3)長く勤めるほど退職金が増える。俗にいう、「後払い」制度だ。転職するとこの後払いに向けて行われた「貯蓄」が失われるため、個人は非常に転職しづらい。


欧米だと退職金は401K(確定拠出年金にあたる)で次の職場に持っていけるし、最近では企業年金(PensionPlan)を持っている企業はほぼ皆無だ。その代わり優秀なエンジニアには新卒でも700万円相当を出すことは珍しくないし、僕の友人には初任給900万円のSEのポジションを蹴った人もいる。この「タイムリーな支払い」については城繁幸氏のブログと著書を推奨します。 http://blog.goo.ne.jp/jyoshige



最後に、
注目したいのは、この3つの項目全てを企業が押し進めているということだ。報酬システムは企業が自ら決めていることだし、社内配置転換もそうだ。住宅の購入、そして結婚して身を固めることをを上司や職場の面々が進めてくるのもまた日本独特だと思う。


その結果、個人は少しずつ会社と社会の束縛なら逃れられなくなる。終身まで会社にいるつもりが無くても、結婚し、少し昇進してしまうと一生そこにいるのが最善の選択になってしまう。


結婚して、マイホームを購入した男性が「さあこれから!」というときに幸せをかみ締める間もなく海外転勤を命じられることは珍しくもないと思うが、この現象はこれらの束縛要因の効果の強さを良く表していると思う。会社は「もう彼はそうそう辞められない、動けない」と踏んで転勤を命じる訳だ。この背景はなかなかえげつない。


たとえ表面上、企業が転職・中途採用の受け皿を用意しても、これらの束縛要因が解消されない限り、雇用流動化は非常に難しいのではないかと、個人的には思う。



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